2011年10月29日

「道」。











東山魁夷の絵に「道」というものがあります。

「魁夷の緑」の中に縦に一本の道が続く、

観る者の心に「何らかの思い」を彷彿させてくれる絵です。

物心つく前から、いつの間にか見たようなあやふやな記憶。

現在「道」は東京国立近代美術館に収蔵されているようです。





さて、このところ「からっぽの木」の画像が少なかった理由。

実は今年の9月21日に横浜を直撃した台風15号、

風台風と言われ雨よりも暴風が凄かった台風。

何があっても止まらないと言われる京浜急行も

私が井土ヶ谷駅に夕方到着と同時に

全面運休となってしまったあの台風15号。

逃げるようにして小走りに、

傘も差せず228段の階段を登り切ると、

そこは暴風が北東から休み無く吹き荒れて

正に身の危険を感じるほどでした。


雨が多ければ海に近いこの場所には「海水」は飛んできませんが、

膨大な風の力に巻き上げられた潮が塩害に弱いといわれる

「からっぽの木」を含む落葉樹たちに降り注ぎました。

また、その暴風に細い枝先を折られてしまう木々も多かった・・・。

翌朝、丘を下る道には累々と折れた太い枝たち

青々とした葉々がうず高く

まるでジュータンのように広がっていました。




前置きが長くなりましたが、

そんな被害が「からっぽの木」にも痛々しく及んでいたのが

撮影を延ばしていた理由のひとつです。

(私の撮影感は人の不幸や事故などには決してカメラを向けない事です)





そして本日、今朝の「からっぽの木」です。

一見、影響も無いように見えますが、

まだまだ、東側には肘くらいの太さの折れた枝を剪定した切り口

そして茶色く変色してしまった葉々が見て取れます。



でも自然は力強く不思議なもので、

折れて剪定された枝の近くに

新しい葉が生え出していました。

「再生」への道はいま、

この階段を登ると見ることができるのです。



いま、ここにはいつものように

何があっても変わらない景色と

気持ち良い風が吹いています。


既に過ぎ去ってしまった頃の「景色や思い」は、

時が過ぎても誰にも書き換えることができないのと同じように・・・。









「道」。



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「道」。



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「道」。



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「道」。



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「道」。



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「道」。



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「道」。



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この記事へのコメント
「人の不幸や事故などには決してカメラを向けない」
そのポリシー、尊重し敬意を表します。
樹にも心があり人格のようなものがあるとすれば(僕はあると思います)
災害で傷つき枯れた様を写す事は患部を無遠慮に撮影し公開するようなものですね。
僕は人間が未熟なせいかそこまでの配慮に至れませんでした。
ただ自然災害の計り知れなさを伝えたいとばかり思ったのでした。

来年の春にはいっせいに新芽に覆われた元気な姿をまた見たいですね。
Posted by shu at 2011年10月31日 18:29
shuさん、こんばんは。
コメントありがとうございますっ!!

>「人の不幸や事故などには決してカメラを向けない・・・」

これは、私の昔からの心情的なコダワリなのですょ。

勿論、私と同じ感性をお持ちのshuさんもご存知だと思いますし、
人間が未熟とか謙遜されておりますが、
私の思い込みでなければ・・、
私たちは同様の心持ちだと理解しております。


「人の不幸や事故などには決してカメラを向けない・・・」。
これはその状況により考えの基準は変わりますが、
もし、逆の立場になったなら・・・という
想像上の「仮定」なのです。

きっと齢が幾つであろうとなかろうと、
自分が「イヤだょ。」と思うことは、
他の人であろうと、動物であろうと、
草木であろうと何であろうと、
たぶん同様にイヤだろうなぁ・・・と考えるのです。
辛くたまらないと感じるだろうというなぁ・・と思う、
そんな「視点」なのです。

一方で「普段の生活」ということは、
別段あまり意識しない「日常の流れ」があります。

知らないうちに生き物を踏み潰したり、
知らない弾みにいつもの通勤電車で
人の足を踏み続けて「チョイとした罪悪感」を感じながらも
「混んでいるのだから・・」と自己弁護を優先して平静を装ったり、
或いは、同様の理由で平然と吊り革に摑まらないで
周りの人に寄かかったり・・・、・・・。

このところ、「京浜急行の車内」だけでなく
いろいろな場所でそんなことをキッカケとした争いが
増えているように感じます。

注意した方が、逆切れされて車内騒然、
無理が通れば道理が引っ込むようなことを
最近、見掛けることが増えているように思うのです。


何故、最近急に
そんな状況が増えているのかは、
私ごときにはよくわかりませんが
経済不況の現状と職場環境。
そして円高や、「あの震災」と「原発の事故」による
放射性物質の拡散からくる影響・・・。
国策と原発の状況を考えあわせますと
何か空恐ろしくなります。


そうそう、先日「からっぽの木」の近くの六つ川西小学校での
再測定基準値を超える放射性物質が検出されました。
検査を開始した先月20日以降、
9校で11カ所目だそうな・・・。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/111012/kng11101223020009-n1.htm


眼に見えることでさえこの時代は咀嚼が難しいのに、
こんな眼に見えない事柄などには、
心は揺らぎ、躊躇するばかりです。


さて、そんなときには気分転換と心身のリセットをするために・・、
まず「深い睡眠」・・・ですかねぇ。笑




追伸:長くてすいません。深々
Posted by ひげひげ at 2011年11月02日 22:25
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