2013年09月10日

「ツナグ」








「ツナグ」








このところ、待ち続けていた涼しい風が

朝夕に流れるようになってまいりましたね。



あの、頭の芯まで溶かすような暑さからの開放、

冷えた頭で思考することの出来る「秋」の始まり。

まだ完全には去っていないけれど

今年の夏の残り香のような空気が漂うことはあっても

暴力的な夏はもう私たちの前には居ません。



人は、自分に向かってくるモノよりも、

去ってゆく後姿に抱く感情の方が

穏やかな好意を持ち易いのかな・・。




秋を思わせる人の気配の無い夕暮れに

染まる雲を寡黙に眺めていると

心静まる景色の中で

ここ数年のうちに他界してしまった友人や知り合いのことが

この鎮まった景色のなかに蘇ります。




突然の別れだけでなく

仮に闘病という過程を経たとしても、

残された者は、暫くの時を間に入れないと

その喪失感と真正面から向き合うことは

なかなかできません。


ある程度の時間や、時にはとても永い距離感を得て

やっとそこで「思い返す位置」に立つことができるのではないでしょうか。






さて今回、この拙く妖しい私のブログでご紹介させて頂きますのは、

直木賞作家の辻村深月氏の「ツナグ」という本。

彼女はこの本で吉川英治文学新人賞を受賞しています。



ネットで検索・徘徊してみますと、

この「ツナグ」という本は

レビューとかコメントだけでなく

「感想文」というキーワードと合わせて出てくるケースがとても多い。

それだけ読まれているということなのでしょうか・・。





この作品は、「たった一回だけ他界してしまった任意の人と会える」としたら、

人は誰を選び、そこに何を見出すのだろうか・・・という空想の小説です。

呼び出しを希望する本人も、呼び出される故人も

永遠の中でのたった一回だけの選択・・。



本文中には、それが霊であるとか魂であるとかの

詳しい説明はあえてされておりませんが、

現世の自分自身の希望と同時に

故人の「会いましょう」という承諾とも合致しないと

たった一回だけ、一晩だけの「短い面談」は叶いません。



そしてそんな仮想なシステムの仕組み云々ではなく

むしろ、なぜ会いたいのか、

なぜに会う意味があるのかという

揺れ続ける人の心の視点をトレースするように

四編のストーリーは進行してゆきます。


そしてその橋渡しをする者が「ツナグ(使者)」と呼ばれる者で

それがタイトルになっているのです。



おおよそファンタジーなのはその概念だけで、

琴線に触れる人の心の「柔らかい部分」にひびく

とってもリアルなお話です。

文庫としては少しだけ厚い450ページ弱のこの本。

秋の季節に読む一冊としてお薦めだと思います。



http://www.shinchosha.co.jp/book/138881/

http://www.dokusyokansou.com/pdfgenkou/tunagu.pdf







「ツナグ」













タグ :ツナグ

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Posted by ひげ at 22:53│Comments(0)読書
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