2011年09月26日

「なぎさホテル」






いまから四半世紀前、

昭和が終わろうとしていた頃まで、

逗子の海岸には古いホテルがありました。


その名は「逗子なぎさホテル」。


創業は大正15年といいますから、

海岸のすぐ前に庭を持った「逗子なぎさホテル」は、

あの大正12年の関東大震災で津波の影響を

受けたのちに建設されたのでしょう。

当時海岸付近の土地は平均で130cmほど隆起したとあります。



このホテルには1980年代前半、

逗子海岸でのリバーサルフィルム撮影のついでに寄ったことがあります。

ロビーはとても古い調度品が整然と並べられていて

まだバブルの面影の色濃かった赤坂界隈のホテルとは違って

軽い眩暈をおぼえるような「良き時代の雰囲気と匂い」に包まれていました。



そんな記憶に残る「逗子なぎさホテル」が閉鎖されたのは1989年。

以降そのホテルに関わった人達や見知った人達が

懐かしく語ることが現在まで絶えたことはありません。





さて、この本は作家である伊集院静氏が、

1978年から1984年までの七年間にわたり

「逗子なぎさホテル」に宿泊していた、

その邂逅と自身の足跡を振り返った私小説です。

しかし時期は同じながら夏目雅子のお話にはほとんど触れていません。




人は生きるほどに抱える懐かしさの数を増やしながら、

それを呑み込んだまま去ってゆくのでしょうか。














1980年代当時にロビーでもらってきたパンフレット。

http://fujihige.dyndns.org/2011NEW/20110926_0001.jpg














http://fujihige.dyndns.org/2011NEW/20110926_0002.jpg


http://dbookfactory.jp/nagisa/









  


Posted by ひげ at 17:50Comments(0)逗子

2011年09月10日

『別れ』について。




 『別れ』について。   




季節は早くも九月に入り

夏色の肌を持つ人も

だいぶ少なくなりつつある今日この頃。


昨年ほどの猛暑ではない今年の夏も

少しずつ、少しずつ涼しい日が

やってくるようになりました。




さて、今日は「別れ」について・・。

このところ読み耽っている中から

テーマを揃えて「本」のご紹介です。



誰ですか、別のことを考えた人は??










さてまずはこの一冊

市川拓司氏の『VOICE』。

TBS系で放送されました「いま、会いにゆきます」の

著者でもあり数々の美しい作品を執筆している中で、

この「VOICE」は、

当初、ネットにアップしていて絶賛され

書籍化された本だと聞きます。


誰でもが一度は経験するであろう青春恋愛の「姿」を

独自の美しい筆づかいで書かれたこの作品。

彼の今は亡き母も一番好きだったというこのお話は、

掛け違ってしまった柔らかなカーディガンのボタンのように

読む人をワンシーンごとの戸惑いともどかしさ

そして耐え切れない喪失感にも誘う・・、

とても淡く繊細で美しい一冊です。


もし、最後まで一気に読むことができたら

この本の良さは味わえない・・。

きっと途中で何度も読書を中断することになるでしょう。

言い換えればそれほど、

心の深い部分、

その「儚さ」が綴られております。



















http://fujihige.dyndns.org/2011NEW/20110910_04a.jpg













二冊目は、『スワンソング』

大崎善生氏の作品です。



恋愛の当事者にとって或る意味

「別れ」と「喪失感」は同義語であるように

その「=」の中に封印された多彩な心の色味は

おそらくは誰にも正確には理解できない。

なのに著者の筆に掛かると強く伝わってくる共感がある・・。



自分だけではどうしようもない狂おしさを握り締めながら、

「素直に生きる」のは如何に難しいことであるのかということを

小説を通して読み取ることができる儚く哀しい一冊です。




















最後にご紹介するのは、

喜多嶋隆氏の『水恋』です。


舞台はお決まりの湘南。

おそらくは「秋谷」辺り。


細い糸を手繰るように

精一杯手元まで慎重に抱き寄せた思い。

でも消えてゆく姿。


主人公はすべき事を尽くし、

その「過程」に自分の心を昇華する・・。

そんな透明感溢れる

凪の浜辺に打ち寄せる静かな波のような

読書後の心を大切にできる一冊です。

















この三冊には、

激しくほとばしる熱き言葉は文中にありません。

しかし、その心の底に流れる「儚くも強い思い」が

絶えることなくあります。



いま、大きく替わってゆくこの季節。

往く夏に名残を感じつつも、

涼しく新しい季節を感じながら読むに足る本たちだと思います。











  


Posted by ひげ at 09:46Comments(0)読書